2015年12月9日水曜日

日本最古の湯宿「積善館」

いつもの温泉好き「葉桜の会」のメンバーで群馬県四万温泉の積善館に行ってきた。このメンバーでの温泉旅行は今回で20回目となり、積善館は2度目である。日本最古の湯宿と言われている積善館のうちで「山荘」の角部屋が我々の好みであり、2度目の登場となった訳である。
前回の訪問は9年前であり、今回の変化には驚くことも多かった。館内歴史ツアーが恒常化していたり、接客係のスタッフが非常に若くなっていることなど、最近の宿の姿勢が良く理解できるものであった。一方、近年のテレビ放映やインターネットでの紹介など、歴史的建造物への関心が高まり宿泊客以外の観光客も含め、引きも切らずアプローチの赤い橋付近で記念撮影していた。


積善館の湯宿としての開業は元禄年間だそうで、本館の玄関脇には明治期の全景や当時の宿泊料金表が展示されている。江戸時代に帳場として使われていた部屋や、代官や手代などの宿泊または休憩に使われた上段の間なども開示されている。


積善館の目玉のひとつは、昭和初期に建てられた洋風の「元禄の湯」である。タイル貼り床に石造りの浴槽が並び、高い天井、アーチ型の窓、洗い場なし、脱衣室なしの独特のスタイルが大正ロマン的雰囲気を醸している。
本館の2階には、日帰り温泉客用の小さな個室があり、部屋の窓からのアプローチ側のロケーションがいかのも温泉情緒を感じさせる。

 積善館は初期から修復を重ねて守ってきた本館と、昭和初期建設の山荘、昭和後期建設の佳松停が傾斜地の異なる高さに配置されており、互いを結ぶ連絡通路がトンネルとなっている。
宿泊料金のグレードもそれぞれで異なるのだが、高い安いに関係なく我々は好んで山荘に宿泊する。山荘角部屋の造作が、建築家集団である我々を刺激してくれるからである。

素敵な室内造作は夜景において、ほの明るい光の造形が、昼間には感じきれなかった世界を認識させてくれる。非日常を求めて訪れる温泉場の郷愁に浸る時間帯となる。
                                                     (阿部泰資)

2015年10月20日火曜日

葉桜の会温泉旅行2015秋

葉桜の会メンバー

大学同期の親しい友人が集まり、飲み会を続けてきた。
亡くなった者や病気で退会する者も出る中、卒業後33年たった2000年の忘年会で、この集まりを晩年まで続けようとの願いを込め、「葉桜の会」と命名した。

金具屋・斉月楼
更なる活動として、2001年から「葉桜の会温泉旅行」がスタートした。

最初の内は、車を連ねた移動もあったが、齢をとってくるに従い、1泊旅行圏内で、電車または高速バスでのアクセスが良く、更に泉質の良い温泉を選んで出かけようと意思統一を図った。そして、毎年1~2回の割合で色々な温泉旅行を楽しんできた。
回を重ね、今回で19回目となる。

「葉桜の会温泉旅行」のアーカイブは、前々回のブログに掲載した通りである。

今回の温泉地は長野県の「渋温泉」、宿は「金具屋:斉月楼」、部屋は重要文化財の「長生閣」と「香風洞」である。

今まで幾つかの名建築とされる温泉宿や、各地域での歴史的建造物などを訪れてきたのであるが、建築家集団の我々にとって、今回も大変興味深い宿である。


ロビーと廊下で歴史資料の展示

宿のご主人が企画する「館内探検隊」に希望者を募り、各所を説明して回るミニツアーは盛況であり好評であった。
古い温泉街の旅館特有の増築を繰り返してきた館内は、迷路のようである。山道の道路の如く、U-ターンする廊下は、「かつて、ここまでが外でした」との説明に納得する。
いたる所に素晴らしいケヤキ材が使われており、時代性と共に贅を尽くそうとする意志が明確に伝わってくる。

館内探検隊

等高線に沿った曲がりくねった細い道路の両脇には、温泉宿が立ち並び、外湯めぐり用の温泉小屋や道祖神など古くからの温泉街らしい雰囲気が漂っている。
今風の無人売店として温泉玉子を売っており、「2個100円」にはつい手が出てしまう。
マンホールには「お猿の温泉」とあるが、地獄谷温泉まではまだ遠いが、年特に外国人に人気だそうで、長野電鉄車内でも多くの外人さんに出会った。

温泉街の路地


翌日は、牛にひかれずとも、善光寺参りとなる。


ウイークデーにも関わらず多数の参拝者に、さすが善光寺と感心させられる。
本堂の真っ暗な内陣くぐりにワイワイ。無言で廻るべしと言われているのに...
それでも、ご利益はあるでしょう。

善光寺にきたからには、昼食は当然蕎麦ということで、蕎麦の名店「かんだか」となる。
何より酒好きの我々にとって、酒のつまみとなるメニューが豊富なことはうれしい限りである。
美味い蕎麦を堪能し、帰路につく。


(阿部泰資)

2015年9月24日木曜日

シルバーウイークで

 シルバーウイークと称される週間が、今年は4~5連休となる喜ばしい日程であった。私としては、事前に何の予定も立てておらず、成り行きに任せるつもりでいた。

 19()は、前以て予約をしていた『我が国の近代建築の保存と再生 第14回「北海道の近代建築」 = 武庫川女子大学東京センター主催』をスタッフと共に拝聴してきた。

 当ブログにおいて、201112月に「大正の近代建築」として、20126月に「昭和の近代建築」として、このフォーラムについえ記述してきた。当時は第3回および第4回であり、東京八重洲近辺の近代建築が主なターゲットにされており、講演の後に明治生命館の見学といったラッキーなオプションも含まれていた。
今回は北海道がテーマであり、私には認識のない建築も多数含まれていた。公共の建築や企業所有の価値ある建築はもちろん、住宅や山荘に至るまで保存・修復に情熱を注いでいらっしゃる方々に感服させられる。理解し応援する以外には何もできないのだが、今後とも頑張っていただきたいものである。

 近代建築に対して大変興味を持っており、機会を見つけては色々な街を訪ね歩いたりしている。当ブログにおいても、201112「上諏訪の片倉館」や、20122「上野と前川先生」、同年3「富岡製紙工場」「横浜三塔」20135「日光田母沢御用邸」20157「銀山温泉」など、あまり仰々しくない視点で訪れた機会に記述するようにしている。
 今年ひとり旅で訪れた台湾の台北および台南に残る日本統治時代の近代建築について、多忙を理由にブログ化をサボっていたのだが、いずれブログへの投稿をしようと考えている。

 20()は、スタッフと一緒に千葉県の佐原に行ってきた。
 近代建築に対する興味と同様、「歴史的景観地区」と指定された地域や、歴史を体感できる街区を歩くことが大変好きである。佐原は、東京近郊でありながら、訪問したいと思いつつ実現できずにいた街のひとつである。



 駅前の観光案内所で自転車を借りて街へ出かけた。中村屋商店、中村屋乾物店、小堀屋本店、正文堂などの千葉県有形文化材指定建物、更に国指定史跡の伊能忠敬旧宅など、小野川沿い、および忠敬橋で交差するメインストリートに沿って点在する歴史的建造物は、その殆どが素晴らしく修復され、現役で活用されている。










 今や、歴史的景観地区の保存と観光地化は一対のものとなっている。現役として利用する建造物に観光客が魅力を感じ、結果として経済的価値を高めている。
 観光用川船も運行されており、水郷としての観光資源も活用されている。更に、当日はお囃子の船が仕立てられ、楽しげに川を流して行く光景が見られた。「佐原囃子が聞こえてくらァ」とのセリフが頭をよぎる。
 日曜だからか、シルバーウイークであるからか、想像以上の人出であった。あやめの季節や山車を繰出す秋祭りの人出は如何ばかりであろうか。






 佐原では、シャトルバスが頻繁に運行されており観光客にとって非常に便利である。街歩きに少々疲れた我々は、自転車を返し、シャトルバスで香取新宮へ向かった。全国にある香取神社の総本社であり、鹿島神社、息栖神社と共に関東三社と言われており、大変立派な神社である。






(阿部泰資)

2015年7月28日火曜日

那須烏山市の「山あげ祭」

今年も栃木県那須烏山市では、724() から 2015726()の3日間「山あげ際」が開催されると発表されていた。
私が訪れたのは一昨年であったが、この時期に合わせて、他に類を見ない町衆の際について述べてみよう。
山あげ祭りは、江戸時代享保年間から歌舞伎を取り入れた祭りとなり、江戸末期には野外歌舞伎として現在の形が定着したと言われている。昭和に入り、まず県の国重要無形民俗文化財として指定を受け、更に国の重要無形民俗文化財に指定される。


6つの町が順番に「当番町」となり、演目を決め、「やま」と呼ばれる舞台背景などの路上歌舞伎の装置作りから運営までのリーダーを担当する。狂言の舞台後方に位置する路上100メートルの間に「大山」、「中山」、「前山」、「館」などを配置する。「大山」は10メートルを超える程の高さとなり、それぞれの「やま」には仕掛けを施しておき、狂言の進行に合わせて「やま」の表情を変え、大スケールでの野外劇として観客を楽しませる。「やま」は角材、竹、そして名産の烏山和紙で作り、移動し易く軽量化を図る。


















狂言が終了すると、すべての道具類は片付けられ、次の上演場所まで移動させることになる。150人からの若衆が一糸乱れぬ団体行動で片付けをする中、常磐津の三味線にあわせ踊り子達が美しい舞を披露する。
次の上演箇所と定められた路上で、もう一度最初からの舞台作りが始まる。各上演場所では、当番町によって予め決められた演目が上演される。明日は図書館前で、蛇姫様を見に行こうなどと話し合っている方もいた。
演目は「将門」や「蛇姫様」などが多いのだが、今年は「将門」、「蛇姫様」の他に、久しぶりの「乗合船」も演じられるという。

常磐津の三味線と唄、舞踊は、地元の小中学生、高校生と女衆の「山あげ保存会芸能部」が担当し、3日間のために一年頑張って準備をする。一方、若衆と長老は「やま」を担当して、夜な夜な制作に励む。
これが楽しみでもあり、地域コミュニティの核として機能しているのである。都市化と共に希薄になってゆくコミュニティにとって、祭りは重要な起爆剤だ。

今年3月に「烏山の山あげ祭」が日本政府の決定により、全国にある33の国指定重要無形民俗文化財である祭礼行事と一括されて「山・鉾・屋台行事」という名称で、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産の代表一覧表への記載を目指して、フランスのパリにあるユネスコ事務局に申請されたというニュースが飛び込んできた。

(阿部泰資)

2015年7月24日金曜日

「葉桜の会」温泉旅行

学生時代の友人たちで時々酒を酌み交わす集まりが長年続いてきた。
三十数年も続いた頃、晩年まで続けようとの願いを込め、そのグループを「葉桜の会」と命名した。「たまには温泉にでも行こうじゃないか」、「今度の忘年会は温泉でやろうじゃないか」などと「葉桜の会・温泉旅行」が定着した。

皆齢を重ね、亡くなった者も2人おり、病欠が続く者もいるが、参加する者にとっては、元気でいることの喜びを確認し合うためにも益々大切な集まりとなっている。
当然、近場の都内で飲み会も重ねているのだが、温泉旅行に関して整理してみると下記のようなことになる。

2001年秋  栃木県 塩原・塩の湯  茗荷屋本館
2002年秋  栃木県 板室温泉    大黒屋別館
2003年夏  栃木県 奥鬼怒温泉郷  八丁の湯
2004年春  群馬県 奈女沢温泉   釈迦の霊泉
2004年冬  群馬県 猿ケ京温泉   猿ケ京ホテル
2005年冬  栃木県 那須温泉    大丸温泉旅館
2006年冬  群馬県 四万温泉    積善館
2007年冬  栃木県 塩原・元湯温泉 元泉館
2009年春  栃木県 塩原・新湯温泉 下藤屋
2009年冬  栃木県 塩原・元湯温泉 大出館
2010年夏  群馬県 下仁田温泉   清流荘
2010年秋  山梨県 奈良田温泉   白根館
2011年秋  福島県 甲子温泉    大黒屋
2011年冬  長野県 上諏訪温泉   油屋旅館
2012年春  群馬県 川原湯温泉   山木館
2013年春  埼玉県 柴原温泉    かやの家
2014年冬  新潟県 越後長野温泉  嵐渓荘
2015年春  山形県 銀山温泉    昭和館

前回のブログは「銀山温泉」であったが、下仁田温泉の回では途中で訪れた「富岡製紙場」についてブログを書き、上諏訪温泉を訪れた際はブログで「上諏訪の片倉館」を取り上げた。
ブログには上げていないのだが、四万温泉・積善館「山荘」の角部屋および「元禄の湯」、甲子温泉・大黒屋の「勝花亭」および「大岩風呂」、越後長野温泉・嵐渓荘の「緑風館」など、興味深い建築の宿も好んで訪れている。

次回の予定は、2015年秋に長野県の渋温泉で金具屋に宿泊する計画である。
毎回パンフ(A4 表裏)も作成しているのであるが、未だ行っていない状態で作成するため、写真等は宿泊先のサイトからキャプチャーを撮らせていただいたものとなる。
 
男女3人ずつで予約した2室とも、木造4階で次の間付きの最上級客室である。
参加者は皆、建築家であり、重文指定の斉月楼に宿泊できることを楽しみにしている。

(阿部泰資)

2015年7月21日火曜日

銀山温泉

久しぶりにブログを再開する。

同期のグループ「葉桜の会」のメンバーと山形の銀山温泉に行ってきた。
全員高齢であり、「大人の休日倶楽部」会員特権のJR3割引き切符での新幹線乗車である。大石田駅は新幹線の地方駅に見受けられる所謂「何もない駅前」の典型と言ってよい駅である。
大石田駅から銀山温泉には「はながさバス」会社の路線バス「レトロボンネットバス」に40分程度揺られることになる。

銀山温泉は、川沿い両側に木造3階建の旅館が立ち並ぶレトロな温泉街である。




















日曜日の午後着であったが、連泊の客も含め、かなりな人出である。
一般的温泉街と異なる点は、木造3階建てがひしめく独特の雰囲気そのものが主たる目的の如き行動である。
温泉旅行で人気の露天風呂がない(新たに作る平地がない)ことで、客層が自ずとレトロを好む人々中心となるのも頷ける。














山形県は長野県と共に蕎麦屋の多い地方である。特に大石田地区は「そば街道」と銘打ち、そばの一大名所となっている。
大石田駅構内にある「ふうりゅう」という蕎麦屋も本格手打そばの名店である。駅構内の蕎麦屋は立食そばが一般的であるが、ここでは流石「そば街道」と認めざるを得ない。
開店を待って、お決まりの天ぷら、名物のゲソ、身欠きにしん等々をつまみに焼酎の蕎麦湯割を飲み、仕上げの蕎麦を食べると新幹線の時刻が近づく案配となる。

後はお決まりの全員車内熟睡での帰路となる旅であった。

次回の「葉桜の会」温泉旅行は長野・渋温泉の木造4階建て旅館「金具屋」の予定である。

(阿部泰資)