2013年5月15日水曜日

日光田母沢御用邸


ゴールデンウイークに日光田母沢御用邸を見学してきた。

御用邸は、元々皇太子時代の大正天皇の静養所として造営されたものであり、現在は日光田母沢御用邸記念公園として一般開放されている。

この建築の特筆すべきは、江戸、明治、大正の各時代に亘る、新築、再利用、移築、増築が一体の建築として調和がとれた造形美と技術にあると言えよう。
移築し中核となった建物は、紀州徳川家江戸中屋敷として造営された中心部分で、その後明治期に赤坂御所、東宮御所として利用されていたものだそうである。
この敷地の建っていた実業家の小林家別邸の再利用を含む小規模増改築により、皇太子時代の静養所となった。
更に、大正天皇即位後に大規模な増改築があり今日に至っているとのことである。


日光田母沢御用邸記念公園のサイトから抜粋

資料によると、御用邸創設時の基本設計は宮内省内匠寮の技師木子清敬が担当し、大正時代増築部の設計は同じく宮内省内匠寮の技師木子幸三郎(木子清敬の子)であったそうだ。
木造建築でこれ程の大規模建築とするための手法のひとつが中庭である。
既に江戸城で手法として中庭は良く知られていることではあるが、大小種々の中庭を体験できる機会はそうあるわけではない。
世界的にはパティオの様式・文化もあるが、日本の四季、ましてや日光の雪景色を含む四季の草木・花々のあふれた中庭は、風土を巧みに生かす日本独特の文化と言えよう。

和風木造建築でありながら、洋風の生活様式になってゆく事情に合わせて、絨毯やシャンデリアなどを採用し、見事に和洋折衷化させてゆく技術の経過が良く窺える。
今日の建築における和洋折衷の木造建築にも多大な影響を及ぼしたものであろうことは容易に推測できる。


御用邸には、天皇・皇后がお使いになる奥向きが23室、天皇・皇后の生活を補佐する臣下向きが83室の部屋数で構成されている。

御用邸全体に素晴らしい木材を使っているのであるが、特に奥向きの部屋に使われている木材は我々にとって垂涎の的である。
そして、大工、左官、建具、表具、塗装、彫金など全ての技は各時代の最高の匠によるものである。
その中でも天皇御座所は、最高の粋を集めた部屋と言えよう。






(阿部 泰資)